「学習する組織」と「ガバナンス」って、正直、相性悪そう
「学習する組織」と聞くと、
・現場が自律的に考える
・失敗から学ぶ
・柔軟でフラット
一方で「ガバナンス」は、
・ルール
・統制
・チェック
・縛り
……うん、どう考えても正反対に見える。
実際、
「ガバナンスを強めたら、現場が萎縮した」
「学習を重視したら、統制が効かなくなった」
こんな話、よく聞きます。
このブログが答えたい問いはこれです。
👉 学習する組織とガバナンスは、本当にトレードオフなのか?
学習する組織は、ガバナンスがあるからこそ成立する
結論から言います。
学習する組織とガバナンスは対立概念ではありません。
むしろ、
👉 ガバナンスが設計されていない学習は、ただのカオス
👉 学習を前提にしていないガバナンスは、ただの足かせ
この2つは「敵」ではなく、セットで初めて機能する関係です。
なぜ「学習」にはガバナンスが必要なのか?
① 学習は、放っておくと「自己流の正当化」になる
学習する組織と聞くと、
「各自が自由に学び、改善する」
というイメージがあります。
でも、ガバナンスが弱いとどうなるか。
・都合のいい成功体験だけが共有される
・失敗は「なかったこと」にされる
・検証されない仮説が量産される
これ、学習ではなく“思い込みの強化”です。
ガバナンスは、
👉「それ、本当に学びと言える?」
👉「再現性ある?」
👉「組織全体にとって意味ある?」
と問いを立てる思考の枠組みになります。
② ガバナンスは「縛るもの」ではなく「前提を揃えるもの」
ガバナンス=管理・監視、と思われがちですが、
本質はそこじゃない。
本当の役割は、
👉 判断基準を揃えること
👉 意思決定の前提を共有すること
前提が揃っていれば、
現場はむしろ自由に動ける。
逆に、
前提がバラバラな状態での自由は、
ただの衝突と混乱を生みます。
学習する組織に必要なのは、
「何を守り、何を変えていいのか」が明確なガバナンスです。
③ 学習が組織に“残る”ためには、仕組みが要る
個人がどれだけ学んでも、
・異動したら消える
・退職したら消える
これでは「組織の学習」になりません。
ガバナンスは、
・知見をどう蓄積するか
・誰がどう活用するか
・意思決定にどう反映するか
を仕組みとして固定化します。
つまり、
👉 学習を「個人の成長」で終わらせず
👉 「組織の資産」に変える装置
それがガバナンス。
うまくいかない組織/うまくいく組織の違い
❌ うまくいかないパターン
- 「自由にやっていいよ」と言うだけ
- 振り返りはするが、意思決定に反映されない
- 失敗の定義が曖昧
- 結局、声が大きい人の意見が通る
→ 学習している“雰囲気”はあるが、何も変わらない。
✅ うまくいくパターン
- 学習の目的が明確(何のための改善か)
- 振り返りがルール化されている
- データ・事実ベースで議論する前提がある
- 学びが次のアクションに必ず接続される
→ 現場は自由。でも、判断は一貫している。
「学習する組織 × ガバナンス」は、成長する組織の両輪
最後にもう一度、主張を整理します。
- 学習だけ → カオス
- ガバナンスだけ → 硬直
- 学習 × ガバナンス → 持続的に進化する組織
もしあなたの組織で、
「最近、学んでる感じはあるけど成果につながらない」
「ルールは多いけど、誰も考えなくなっている」
そんな違和感があるなら、
それはどちらか一方しか設計していないサインです。
次に取れるアクションはシンプル。
👉 学習を“自由”として扱うのをやめる
👉 ガバナンスを“縛り”として見るのをやめる
この2つを同時に再設計すること。
「あ、これ自分の組織の話だ…」
そう思った人から、もう学習は始まっています。

